少年が味噌汁の入ったお椀を運ぼうとした時、母親は少年に言いました。
「こぼさないように気をつけて」
「うん」と返事をしたその数秒後、少年は華麗につまずき味噌汁を床にぶんまけたのでした。運ぶのが初めてだったわけではないのです。いつも気をつけて、こぼさずに運んでいた。でもその日、母親はより気をつけるよう念を押した。そして私は見事にこぼしたのです。
足をそっと出して。腕を揺らさないように。お椀の傾きをよく見て。こぼさないようにこぼさないように。そうやっていつもより気をつけたのに、カラダはいつものようには動かなかった。不思議だと思いませんか。ぼくらはカラダに指示を出してあげれば、その通り上手に動けると思っています。でも、本当は逆だったのです。カラダは指示をされると上手に動けなくなってしまう。
『新インナーゲーム』の著者ティモシー・ガルウェイはテニスのコーチでした。ガルウェイは、現場でのコーチングを通してあることに気がつきます。それは、「ああしろ、こうしろ」と言葉で動きを伝えると、生徒が上手にプレーできなくなるということでした。
頭では理解しているのに、カラダは上手に動いてくれない。でも本当のところは、「頭が理解しようと動き出すと、カラダは邪魔をされて上手に動けなくなる」ということだったのです。ガルウェイはこの頭の活動のことを「セルフ1」、カラダのことを「セルフ2」と名付けました。そして「セルフ1」が動き出すと、カラダが上手に動けくなることを突き止めたのです。
プロ野球の名選手であり名監督だった故野村克也さんは、キャッチャーだった現役時代、バッターに対してボソボソと声をかける”ささやき戦術”で有名でした。野村さんはバッターのセルフ1を呼び起そうとしていたのです。セルフ1は、頭が良くて、心配性で、頑張り屋です。だから周りの色々な事にすぐに反応してしまう。
ではセルフ1を静かにさせるには、いったいどうしたらいいのか。
「Don’t think feel !」(考えるな、感じろ)と言ったのは、武術家で俳優だったブルース・リーでした。なんとなく理解はできます。でも具体的にどうしたらいいのかわからない。どうすれば考えなくできるのか。どうすれば感じられるのか。
おっと、どうやらセルフ1がお目覚めのようなので、この辺で退散したいと思います。では失礼。